これからも、どうぞよろしく ~ 陸奥八仙 純米大吟醸 蔵限定 ver. ~

陸奥八仙の存在を知ったのはどうやら2015年の頃らしい。この頃は日本酒の面白さにどっぷり使っていて、いろんな店に行っては様々な銘酒を楽しんだものだった。当時はどこでもあるポピュラーな酒や缶入の日本酒から、少し日本酒が好きなら誰もが知っている高級酒まで様々な酒を一通り味わっていて、特に高級酒をよく頼んでおり、十四代や田酒などを惜しみなく飲んでいたのを覚えている。今考えるととんでもないお金の使い方だが、美酒にありつけるのが何よりも楽しく、お金に糸目をつけていなかった。


陸奥八仙自体はそれよりも前にあったようだが、関西ではあまり見なかった記憶がある。おそらく関東や東北ではもっと早い段階からたくさん流通していたのだと思うが、関西まではまだそこまで届いていなかったのではないか。


とはいえこのお酒が関西圏でも多くの日本酒ファンを魅了するにはそう時間はかからなかったろう。今では様々な酒屋や飲み屋で陸奥八仙の名前を見ることができる。陸奥八仙はラベルもわかりやすい。大きな字で「八仙」と書かれているので、遠目でも「お、あそこに八仙が置かれているな」と確認できる。飲み屋を探すとき、店前に置かれている空の酒瓶などで店のクオリティを測ることは往々にしてあって、そんなときに陸奥八仙のラベルを確認できると、一定のラインは確実にクリアしていると思え、安心して入店できたものだった。


これはかなり前の印象になるので怪しいのだが、陸奥八仙を初めて飲んだ感想としては「フルーティーでフレッシュ感が強いけど、かっちりしていてキレるな」という印象だった...はずである(書いていて自信がなくなってきた)。大体の「フルーティーでフレッシュ」というのは、飲んで口に含んだときに真っ先に抱く印象で、その後の予想としてはふんわりとした味わいを期待している。ところが陸奥八仙はその後に結構「カッチリ」としていて、そこが少し意外な風味に感じて印象深かった。


これは憶測だが、陸奥八仙の蔵は地産地消にこだわっている蔵である。酵母酒米も、当然水も現地青森のものを使っている。これによって、高級酒を飲みまくっていた自分が抱いていた予想とは違う風味を感じたのだと思う。高級酒は大体の場合山田錦を使っていたり、ポピュラーな酵母を使っていたりするので、ある程度味のテンプレートみたいなものが自身の中にあったのではないか、と推察している。



陸奥八仙の存在を知ってから6年程の月日が流れた2021年。世の中が暗いニュースばかりのまま年明けした三が日に、一本の日本酒の封を開けた。それが「陸奥八仙 純米大吟醸 蔵限定 ver.」である。


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蔵限定 ver. という名前が指し示すとおり、この酒は蔵でのみ販売される。購入するには現地に行くしかなく、インターネットでの注文も全てお断りしているという。これは意地悪でこうしているのではなく、かつて蔵に足を運んだ多くの方々から「この場所でしか買えないお酒はないか」と要望が出たために、このようなお酒となっている。値段は4合瓶1本で税込み3000円程度だったはずなので、ハイグレードな日本酒に相当する。


その販売形態からかなり貴重な1本となるために、前から家にあったもののもったいなくて中々封を開けることができなかった。今回「せっかくの新年なんだから」ということで開封するに至った。


味わいとしては、期待通り爽やかなフルーティーさがあり、更にはシュワッとした発泡性を感じとれる。この発泡性も相まってか、やはりカッチリとした感じと苦味があった。この時点で「なんとなく、陸奥八仙っぽいな」という感想を抱く。最後にはキレていく。言うまでもなく旨い。そして蔵でしか買えない酒を飲んでいるのだ、という付加価値もそこに加わる。贅沢な一本である。


この陸奥八仙を醸す八戸酒造は、蔵を取り戻す苦労をした蔵としてよく知られている。もともと自分の蔵であるにもかかわらず、長い間そこで酒造りを行えない期間があった。結局裁判にまで発展した末にようやく取り戻し、今に至っている。ラインナップが幅広い蔵でもあり、フルーティーな酒はもちろん、辛口を重視した酒、4合で1万円を超える高級酒、米で作ったビール(これについては後日書こうと思う)など、様々な味わいと製法にチャレンジしている(よりしっかりとした辛口を求めたければ「男山」がある)。杜氏を含め非常に若いメンバーで構成されているので、このような面白い取り組みができるのだろう。



陸奥八仙は昔からよく飲んでいたようで、写真を振り返ると思い出深い。久々に友人とあった時。夏の暑い時期に宅飲みをした時。初めてのお店にチャレンジした時。旅行した時。様々な場面で陸奥八仙を飲んでいた。特に印象に残っているのは一人暮らしに疲れ、実家に帰っていたとき。友人の実家で陸奥八仙を飲んでいたことを思い出す。その時飲んでいたのは、陸奥八仙の黒ラベル。京都の市内で買ってきて、好きだったテレビアニメを見ながら夜遅くまで話をしたものだった。かなり前なので味はもうあまり覚えていないが、派手さを抑えた飽きにくい味わいで、長く話をしながら飲むのにはマッチしていたのを覚えている。冒頭にも書いたが、様々な高級酒を飲みまくっていたこの時代。旨い酒はたくさんのんだし、1杯の値段が笑えるものも飲んだが、結局は心を許せる中でのんびり飲む酒がどんな美酒よりもまさるのだと、若いうちから感じたのだった。

しっぽり飲みたいときにも、派手さを味わいたいときにも、酒に驚きを求めたいときにも、様々なラインナップと高い品質で安心して楽しめる陸奥八仙は、これからもずっと飲んでいくのだと思う。

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