土地選びの思い出1: 実家の近くにするか、しないか

土地を選ぶにあたって、実家の近くにするかしないか、というものがある。

特に子育てを今やっています、という方は実家の近くにしたら子育ての負担が分担できるという期待もあるだろう。
一方で、親と仲が良くなくてとにかく離れたい、という判断をされる方も多いと思う。

我々はというと当初、実家の近くを探したものである。

しかし実家の近くは土地が空いていなかった。


そりゃそうで、我々はどちらもベッドタウンに家があった。そこは親世代に住宅地が形成されたので、親世代がまだ元気に住んでる。すると当然土地は空いていないのである。

あったとしても高い。また変な形の土地で妥協するなどになる。旗竿が良い例だ。昔の土地は広く、最近の家は高すぎる。よって広いままでは売れないので、土地を2つに割るなどする。この時に片方が旗竿になりがちだ。旗竿は良いところもあるが、デメリットも気にはなる土地ではある。

「実家の近くに〜」という同じ考えの人が沢山いたのか、需要があったのだろう。ベッドタウンから外れたところに、まるで衛星のように住宅地が形成されていっていた。しかしそいったところは当初のベッドタウン計画には選ばれなかった場所であり、平たくいうと不便な場所である。駅はおろかスーパーもコンビニも徒歩圏内にはない。バスがかろうじてあるけど、本数も少ない。

そこに住むと、ただ住むだけの生活が想像された。すなわち楽しみを得るためには、車で移動せねばならない生活だ。周りには家と道路しかない。散歩しても楽しくないかもしれない。子供の習い事は送迎が大変そう。学校までも遠い。

老後はどうするのだろう?いつまで車を運転できるのか。人口は減っていくし、かつてのベッドタウンの派生である土地のインフラもちゃんと整備されるのだろうか?下手をすると市街化調整区域になってしまうのでは?など思った。

犬と生活する上では便利そうだった。散歩コースを考えやすい。都会だと犬はどこにおしっこをするんだろう。ただ自分たちは今犬を飼う予定はなかった。

あと、実家の近くも特に散歩して楽しいわけではない。所詮はベッドタウンなので、街に出ていくことが前提とされたまちづくりだった。
住むにあたり安心感は凄まじかったが、楽しさは比例しない。


また両家、両親は働いており、常に子育てを手伝ってくれたかもしれない昔ともう事情が異なっている。近くに住んだとしても、良い塩梅で育児の負担を分担できるわけではなかった。


色々考えたが、高い割には楽しくないというのはどうなのか?という点が見逃せなくなり、我々は車で1時間かけたら実家に行ける距離で、他に楽しさを見出せる場所を検討する、という案で妥協したのだった。